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盛岡地方裁判所 昭和24年(行)28号 判決

原告 原田芳男

被告 岩手県知事

一、主  文

被告が昭和二十三年四月一日附岩手へ第一四〇〇号買収令書をもつて別紙目録記載の各土地につきなした買収処分のうち(2)の土地に関する部分はこれを取り消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告その余を被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十三年四月一日附岩手へ第一、四〇〇号買収令書をもつて別紙目録記載の各土地につきなした買収処分はこれを取り消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、別紙目録記載の各土地は原告の所有で、そのうち(1)の宅地を宮岡与三郎に、(2)の宅地を窪田千太郎に、また(3)の宅地上に建在する原告所有の住家二戸建一棟のうち一を山二菊松に、その余の部分を木村由蔵にいずれも数十年前より賃貸して来たものであるところ、二戸郡福岡町農地委員会が、買収農地の売渡を受けて自作農となつた右同人等の各附帯買収の申請に基き昭和二十二年十二月二十七日右(1)及び(2)の各宅地につき、昭和二十三年一月十日右(3)の宅地につきいずれも自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第十五条第一項第二号に該当するものとしてそれぞれ買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したので原告はこれに対し異議、訴願したがいずれも却下、棄却され、次いで被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経て同年四月一日附買収令書を発行して昭和二十四年二月十五日原告にこれを交付した。

しかしながら自創法第十五条に則りいわゆる附帯買収をするには、右請求をなした自作農となるべき者が単に若干の農地を所有耕作するのみでは足りないのであつて、耕作の業務を営むことをもつて主たる生業となす専業農家又はこれに準ずる兼業農家たることを要するのみならず、当該附帯買収の対象物件が売渡を受けた農地と密接な関連性を有し、且つその自作農経営上必要不可欠のものであることを要するところ、別紙目録記載の各土地につき附帯買収の申請をなした前記訴外人等はいずれも農業をもつて専ら生計を営む者でないのみならず、その売渡を受けた各農地とは地理的に密接な関係を有しておらず、しかも右買収計画樹立当時における同人等の使用状況等に照らし前記各宅地は必ずしも右同人等の農業経営上必要不可欠のものということはできない。すなわち、前記買収計画樹立当時右訴外人等の二戸税務署に対する所得申告によれば、前記宮岡与三郎は自作地三反九畝十四歩、小作地七畝十四歩合計四反八畝二十一歩を耕作するにとどまり、その年間農業所得は僅かに一万円そこそこであるに比し、その家族である三女スエは年額約四万七千円、孫市太郎は約五万七千円の給与所得者であつて、その一家経済は主として右給与所得をもつて賄われていたのであり、農業所得の生計費において占める割合は極めて僅少であつたものといわなければならない。また前記窪田千太郎は自作地二反二畝二十六歩、小作地九畝二十歩合計三反三畝十六歩を耕作する零細農家であり、当時における農業所得は一万円に満たず、その一家の生計は主として長男実の年額六万五千円に及ぶ給与所得をもつて支えられていたのであり、しかも前記(2)の宅地上に建在する右千太郎所有の建物は元福岡町随一の料理店であつて本来農家用として建築されたものではなく、その構えが広大であるため同人一家の居住使用のみでは余裕のあるところからそのうち約十坪を他に店舗として賃貸し必ずしも右宅地全部を右千太郎の居住及び農業経営上に使用していなかつたのである。しかのみならず右宅地は右同人の売渡を受けた前記自作地と隔たること十三町ないし十八町で立地的に見ても何等関連性を有していないのである。また前記(3)の宅地上に建在する原告所有の住家を各半分づつ賃借居住している前記山二菊松及び木村由蔵は右家屋のみの賃借人であり、原告は同人等に対し右家屋の敷地である宅地自体を賃貸したことのないのは勿論、その他使用貸借による権利若しくは地上権を設定したことはないのである。しかのみならず右菊松は自作地七反六畝二十三歩、小作地三反三畝合計一町九畝二十三歩を耕作しているが、当時における年間農業所得は約三万二千円であつたに比し、その次男利雄の給与所得は年約三万五千円で、その所得の割合からすれば、これまた農業は寧ろ副業的立場にあつたものというべきである。次に前記由蔵は、自作地三反一畝一歩小作地一反六畝七歩合計四反七畝八歩を耕作するにすぎない零細農家であり、その農業所得は年間僅かに約一万四千円であつたに対し、その養子清助の日雇による所得は年約二万四千円であり、これまた農業は副業の程度にすぎなかつたのである。しかも前記(3)の宅地は右菊松及び由蔵等の売渡を受けた前記各農地と三町ないし十五町も離れており地理的に見ても何等の索連性のないこと前記窪田千太郎の場合におけると同様である。

以上の次第であるから前記訴外人等四名の附帯買収の申請はいずれも相当と認め得べからざること明らかであるにかかわらず、町農地委員会は右相当性の認定を誤り右各買収申請を認容して別紙目録記載の各土地につき前記買収計画を樹立したのは違法であり、従つて右計画に準拠してなした被告知事の前記買収処分もまた違法であり、且つ右の違法は取り消し得べき瑕疵に該当するからこれが取消を求めるため本訴請求に及ぶと述べた(立証省略)。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中その主張の別紙目録記載の各土地が原告の所有であること、そのうち(1)の宅地を宮岡与三郎に、(2)の宅地を窪田千太郎にそれぞれ賃貸していること、(3)の土地に建てられてある家屋が原告所有であり、これを二分しその一を山二菊松、その余を木村由蔵に賃貸し、同人等がそれぞれ借り受けにかかる部分に居住していること、右訴外人等四名とも買収農地の売渡を受けて自作農となつた者であること、福岡町農地委員会が右同人等の各附帯買収の申請に基き原告主張の各日時前記(1)(2)(3)の各宅地につき自創法第十五条第一項第二号に該当するものとしてそれぞれ買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し、原告から異議次いで訴願がなされたがそれぞれ却下、棄却され、被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経て原告主張日附の買収令書を発行し、その主張日時原告にこれを交付したことはいずれも認めるが原告その余の主張事実はこれを争う。

前記(1)の宅地の賃借人宮岡与三郎は第三期売渡(売渡の時期昭和二十二年十月二日)により畑合計三反九畝十四歩の売渡を受けて自作農となつた者であるが、右(1)の宅地は右売渡を受けた農地と道路を隔てて殆ど接着しており、また前記(2)の宅地の賃借人窪田千太郎は第一期(売渡の時期同年三月三十一日)及び第二期(売渡の時期同年七月二日)の各売渡により畑合計三反二畝二十六歩の売渡を受けてこれまた自作農となつた者で、右(2)の宅地は右売渡を受けた農地から僅かに五百ないし八百米の近距離に位置しているのであり、また前記(3)の宅地上の原告所有家屋の一半に賃借居住し、右宅地の半分を使用している前記山二菊松は、前記第一、二、三期各売渡により田畑合計五反二畝十二歩を、同じく木村由蔵は第一期及び第六期(売渡の時期昭和二十三年三月二日)売渡により田畑合計三反一畝一歩の売渡を受けてそれぞれ自作農となつた者であり、しかも前記(3)の宅地と右同人等の売渡を受けた各農地との距離はいずれも約千二百米以内で必ずしも地理的に隔絶しているとはいい難い。

以上別紙目録記載の各宅地は、前記訴外人等の売渡を受けた各農地とそれぞれ近距離に位置しているばかりでなく、右各農地の利用上必要であるからこれを附帯して買収し得ること勿論であり、従つて町農地委員会が右同人等の各附帯買収の申請を容れて右各宅地につき前記買収計画を樹立したのは固より相当であり、これを踏襲してなした被告知事の本件買収処分もまた適法であつて何等原告主張のような違法はないから原告の本訴請求は失当であると述べた(立証省略)。

三、理  由

別紙目録記載(1)(2)(3)の各宅地が原告所有であるところ、そのうち(1)の土地を宮岡与三郎に、(2)の土地を窪田千太郎に、また(3)の土地の上に存する原告所有の二戸建住家一棟の半分を山二菊松に、その余の部分を木村由蔵にいずれも数十年前よりそれぞれ賃貸していること、右訴外人等はいずれも自創法により買収農地の売渡を受けて自作農となつた者であること、福岡町農地委員会が右同人等の附帯買収の申請に基き昭和二十二年十二月二十七日右(1)及び(2)の各土地につき、昭和二十三年一月十日(3)の土地につきいずれも自創法第十五条第一項第二号に該当するものとして買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し、原告が異議次いで訴願したがそれぞれ却下、棄却され、被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経て同年四月一日附買収令書を発行し、昭和二十四年二月十五日原告にこれを交付したことはいずれも当事者間に争いがない。

原告は、前記訴外人等は農業をもつて主たる生業とする専業農家又はこれに準ずる兼業農家でないのみならず、別紙目録記載の本件各土地は、右同人等のそれぞれ売渡を受けた農地と密接な牽連関係を有していないから、自創法第十五条第一項第二号に則り買収することのできない宅地である旨主張するので左にこれについて判断する。

自創法の目的は、耕作者の地位を安定しその労働の成果を公正に享受させるために自作農を創設し、併せて土地の農業上の利用を増進するにあることはその第一条の明言するところであるが、その直接且つ端的の目標は実に自作農の創設にあること明らかである。しかして自作農創設の眼目は、小作農をしてその耕作にかかる農地を所有させ、不安定な小作権の状態から安定確実な所有権のそれに高めてやることにあることこれまた言うを俟たない。

ところで農業経営は農地だけあつてもできるものではなく、農地の耕作に当つて直接必要とする諸種の物件、権利を伴うことによつて可能であるから、自創法により自作農となつた者も農地の所有に加えてこのような物件、権利を併せ持つことによつて初めて独立の自作農として立ち行きその地位の安定を得られるものといわなければならない。自創法第十五条第一項各号掲記の物件、権利は正に買収農地の売渡を受けて自作農となるべき者に解放することによつて、自作農創設の有終の美を完うし得べきものである。

ところで売渡を受けた農地と右法条に掲げる物件、権利との間に如何なる関係の存する場合にこれを附帯して買収し得るかについて考えて見るに、農地の解放はこれ等の物件、権利の解放と相俟つて完成し、これ等の物件、権利は農地の解放に伴つて初めて本来の機能を発揮するという関係、換言すれば、地主が農地だけ買収されては後に残つても利用価値の殆ど消滅するもの、他方農地の売渡を受けた者からすればそれをも併せ買い受けるのでなければ解放農地の利用上多大の不便を被るといつた程に密接又は従属している関係(附従関係)にあることまでは必要としないまでも、単に右物件、権利が解放農地の農業経営にとつても有益であり、現に解放農地の経営上でも利用しており、そのような関係で必要であるというのみでは足りないのであり、両者の間に右物件権利が解放農地を中心として営まれる経済生活の安定にとり欠くことのできない重要な要素をなしているという関係にあることを要するものといわなければならない。

さて住宅及びその敷地は人間生活の基礎であり、これ等の確保なくしては生活の安定を得られないこと明らかであり、従つて小作農の住居の用に供せられている宅地、建物を当該小作農に所有せしめることが耕作者の地位の安定に資すること疑いなく、延いてはこのような宅地、建物が小作農の農業経営上必要にして欠くべからざるものであるということができる。殊に、右建物又は宅地が住居又はその敷地であると同時に農地の収穫物の乾燥、脱穀調整のために使われたり、右農地の耕作において使用する鋤鍬等の農器具の収納所或は役畜の厩舎敷地としても使用されているような場合において然りである。しかしながら附帯買収は一般に農地耕作者保護のためになされるのではなく、解放農地による営農を完うするためになされるのであるから、単に耕作者の営農上使用され必要であるというだけでは直ちにもつて右宅地、建物の買収を相当であるとはなし難いのであつて、解放農地との間に特に前述のような要件を具備する場合に限りこれが附帯買収の相当性があるものといわなければならない。蓋しわが国農民層の大半を占める中、小農家においては、その住居の敷地となつている宅地又は住宅の一部を右のような農業作業に伴う作業場又は農具の収納所として利用しているのが一般であり、このような宅地、建物が営農上使用され必要であるとの一事をもつてこれを買収し得るとすれば、自作農となるべき者の住宅又はその敷地は常に買収し得る結果となり、かくては自創法の解放農地経営保護の目的を逸脱し宅地、建物の所有者の権利を蹂躙しその犠牲において不当に自作農となるべき者を利得せしめるという不公正を敢えてすることとなり、明らかに同法の精神に背馳するからである。

本件についてこれを観るに、成立に争いのない甲第二、四、六号証、乙第一、三、四、五号証、証人菅孝一の証言、検証及び鑑定人田村元吉の鑑定の各結果を綜合すれば、宮岡与三郎は第三期売渡(売渡の時期昭和二十二年十月二日)により元原告所有の畑二筆合計三反九畝十四歩の売渡を受けて自作農となつた者であるところ、本件買収計画樹立当時における同人の耕作面積は小作地七畝十四歩を併せて合計四反六畝二十八歩であり、その一家の経済は長女サトの農業による収入の外相当部分を次女スエ及び孫市太郎の農業以外の給与所得によつて賄われていたこと、別紙目録記載(1)の宅地は、右与三郎の解放を受けた前記農地と共に大正十三年頃より原告から借り受けて来た土地であり、右農地と道路を境にして接着し立地的にいつても殆どこれに附従していること、右宅地上には同人所有の建坪約十五坪の平家建住家一棟の外物置、便所、風呂場等の附属建物が建てられ、また右住家の南側に下屋を附け足してここに米、小麦、稗等の収穫物を収納し、西側六畳間床下を物置代用にして鋤鍬鎌等の農具を格納していること、もつとも作業小屋は本件(1)の宅地西側約十間の箇所、前記売渡を受けた畑の中に建てられており、堆肥もその附近で作られているけれども、これを全体として見れば、右宅地は右与三郎一家の住居の敷地としてのみならず、農業経営上に利用されており、同人の営農上不可欠の宅地であること、次に右目録記載(3)の宅地のうち四十坪を使用している山二菊松は第二期(売渡の時期同年七月二日)及び前記第三期売渡により元原告所有の田畑八筆合計五反二畝十二歩の売渡を受けて自作農となつた者であるところ、当時における耕作面積は小作にかかる畑三反三畝を合すれば合計八反五畝十二歩であり、一家経済の一半を長男利雄の給与所得によつて補われていたとはいえその耕作反別の広さからいつて専業農家と目せられ得べきこと、右宅地の他の一半四十坪を使用している木村由蔵は第一期(売渡の時期同年三月三十一日)及び第六期(売渡の時期昭和二十三年三月二日)売渡により元原告所有の田畑三筆合計三反一畝一歩の売渡を受けて自作農となつた者であり、本件買収計画樹立当時におけるその耕作面積は小作にかかる畑一反一畝七歩を合して合計四反七畝八歩で、日雇による収入で一部を補つてはいたが主として農業をもつて生計を立てていた専業農家であること、右(3)の宅地は右菊松において約九十年前より、右由蔵において約六十年前よりそれぞれその賃借にかかる地上建物と共に使用して来たものであり、右同人等の売渡を受けた各農地と約千二百米相隔つてはいるが必ずしも著しく遠隔の地に位置しているとはなし難いこと、右宅地上には原告所有の間口約六間半、奥行約五間の二戸建住家一棟が建在し、その東側半分に右菊松が、その余の部分に由蔵が居住しており、右両人とも右住家の北側に掛下を作り、ここに薪や米、大豆、稗、粟等の収穫物を収納しており、その他右宅地内には豚小屋、便所、物置等の附属建物が建てられている外、その空地は収穫物の脱穀、乾燥、穀殼の積載等に使用されていること、従つて右(3)の宅地はこれを全体として見れば右同人等の住居の敷地としてのみならずその農業経営上にも利用されていたものであり、しかも同人等は他に宅地を所有していないので前記売渡を受けた農地を潰廃するのでなければ作業場若しくは農作物収納場敷地を見出し得ないので右宅地は同人等にとつて住居の安定及び営農上最も必要であり且つ欠くべからざるものであること、以上の事実を認めることができる。右認定を覆すに足る証拠がない。

この点に関し原告は、右宮岡与三郎、山二菊松、木村由蔵等はいずれも農業所得より多い給与所得によつて一家経済を賄つていたのであるから、右(1)及び(3)の宅地はこれを買収し得ない旨主張するけれども、岩手県の県北、殊に福岡町周辺は山岳地帯多く農耕地が全体として狭少であるため農家一戸当りの平均耕作面積が比較的零細であり、従つて純然たる農業経営のみをもつてしては生計を立てて行くことが一般的に困難であり、自然農民といえども何等か農業以外の他の業務による収入にその一部を依存せざるを得ないことは当裁判所に顕著な事実であるから、右同人等が前示のように本件買収計画樹立当時その家族の給与所得をもつて一家経済の一半を補い、且つそれが占める重要性が相当大であつたとしても、この一事をもつてしては同人等の営む農業をもつて単に副業程度にすぎなかつたものとはいい得ないのであり、適正なる自作農たることを何等妨げるものではないといわなければならないから、原告の右主張は失当たるを免れない。

次に原告は、前記(3)の宅地上建在の建物を前記菊松及び由蔵に賃貸しているにとどまり、その敷地である右宅地を賃貸したことのないのは勿論、これにつき使用貸借による権利又は地上権を設定したことはないから右宅地は自創法第十五条第一項第二号に該当しない旨主張するけれども、仮令家屋のみを賃借していても、右賃借権の反射的効果としてその敷地に対する使用権能が派生するから、独立の権原ではないけれどもなお前記法条にいう使用貸借による権利に該当するものと解すべきであるからその他の要件を具備する限り右(3)の宅地はこれを買収し得るものといわなければならない。もつとも原告の側からすれば、右家屋は依然原告の所有であるのに、敷地である右宅地は売渡を受けるべき借家人たる右菊松及び由蔵の所有になるであろうから、原告としては借家人等に家を貸すために逆に借家人等から敷地を借りなければならないこととなり、賃貸借という一箇の経済行為から見れば凡そ不自然な結果となるけれども、本来右家屋は右宅地と共に買収し得るものであつたのを、これを別異に取り扱つたがためにそのような事態になつたまでのことで、そのことの故に右宅地の買収に違法ありとなすことを得ない。

してみれば、別紙目録記載(1)及び(3)の各宅地は、前段説明の趣旨において、結局自創法第十五条第一項第二号に該当する宅地といわなければならないから、町農地委員会の右各宅地につき樹立した前記買収計画は相当であり、従つてこれに準拠してなした被告知事の右各宅地に関する本件買収処分は適法であつて何等原告主張の違法はないものといわなければならない。

次に成立に争いのない甲第三、五号証、乙第三号証、前顕証人菅孝一の証言、鑑定人田村元吉の鑑定及び検証の各結果によれば、別紙目録記載(2)の宅地の賃借人窪田千太郎は、前記第一期及び第二期売渡により、元窪田鉄雄所有の畑三筆合計二反二畝二十六歩の売渡を受けて自作農となつた者であるが、本件買収計画樹立当時におけるその耕作面積は、小作にかかる畑九畝二十歩を併せて合計三反二畝十六歩で、当時における同人家の生計は右農耕による所得の外、会社員であつた長男実の給与所得に一半を依存していたこと、本件(2)の宅地は右千太郎の売渡を受けた各農地と僅か五百米を隔たるにすぎないが福岡町の市街地に位置し、右宅地上には元料理屋であつた間口約七間、奥行約十間余の三階建の広大な建物が建在し右千太郎において前主より買い受けてこれに居住していること、右建物には一階に十畳二室、八畳二室、六畳一室、四畳半三室が、二階に六畳三室及び十畳一室があるうち、四畳半三室とこれに隣接する約一坪半の一室を安ケ平次郎に賃貸し、同人はそこでパーマネント業を営んでおり、また二階六畳二室を他に間貸していて右千太郎において右建物全部を自ら使用していなかつたこと、もつとも右宅地内には農具の格納等に使用する小屋の外、便所、豚小屋等の附属建物が建てられており、その余の空地を収穫物の脱穀、乾燥等農業作業にも利用していたことは認められるが、右建物の構造及び使用状況等に照らし、これを全体として見れば、本件(2)の宅地は住居敷地として使用されている面が農業用に利用されている面より多く、従つて同人の解放農地の営農上必ずしもその全部を必要とするものではないことを認めるに充分である。右認定を覆すに足る証拠がない。

果してそうだとすれば、右の宅地は前記窪田千太郎において現にその居住及び営農上その一部を使用しており、且つ同人の売渡を受けた前記農地と比較的近距離に位置しているとしても、右同人は右宅地を全面的に自らの居住及び営農上に利用していないばかりでなく、営農規模比較的零細で、その生計の一半を長男の給与所得及び他への間貸による収入に依存していたのであり、しかも右千太郎の売渡を受けた農地の元の所有者は本件(2)の宅地の所有者である原告ではなかつた等諸般の事実を併せ考えれば前段に述べた趣旨において、右宅地を買収することは結局自創法第十五条の律意に照らし相当でないものといわなければならない。

しからば町農地委員会の樹立した右(2)の宅地に関する前記買収計画は前記法条にいう相当性の認定を誤つた違法があり、従つてこのような違法な買収計画に準拠してなした被告知事の右(2)の宅地に関する本件買収処分もまた違法であり、且つ右の違法は買収し得べからざるものを買収した重大な瑕疵に該当するから右買収処分は取り消さるべきである。

よつて原告の本訴請求中、別紙目録記載(2)の宅地に関する部分は正当としてこれを認容し、その余の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)

(目録省略)

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